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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)6955号 判決 1987年3月13日

原告 東海技建株式会社

右代表者代表取締役 渡久山功

右訴訟代理人弁護士 川村武郎

被告 三浦哲男

右訴訟代理人弁護士 宮山雅行

同 熊田士郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年七月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (本件不法行為に至る経緯)

(一) 原告は、被告が代表取締役をしている訴外日本アタック工業株式会社(以下「訴外会社」という。)から、東京都杉並区高円寺南二丁目一番三号所在の日本アタックビル(以下「本件建物」という。)のうち、昭和四八年八月に四階四〇一号室を、同五五年五月に四階四〇二号室をそれぞれ賃借した(以下両室を併せて「本件貸室」という。)。なお、賃料は、昭和五九年一〇月頃、四〇一号室は一か月一二万円、四〇二号室は一か月六万円であった。原告は、四〇一号室を執務室として、四〇二号室を主として工具類の倉庫として使用していた。

(二) 原告は、昭和五九年九月二六日に第一回の、同年一〇月一日に第二回の手形不渡を出し、同年九月末頃には、同年九月分の賃料が未払の状態であった。

(三) 右の手形不渡の原因は、原告が手形を横領されたりしたためで、原告の業務内容自体は順調で充分に回復可能な状態であった。

(四) そこで、原告は、被告に対し、右の事情を説明するとともに、近日中に賃料をまとめて支払うから様子を見てほしいと依頼し、被告はこれを了承した。

2  (被告の不法行為)

(一) (はり紙)

ところが、被告は、右1の(四)の直後に、四〇一号室の入口に「家賃を支払え。」という内容のはり紙をした。そして、その後継続して被告は繰り返し同趣旨の、あるいはさらに内容を激しくしたはり紙をした。同年一二月一五日頃には「一二月一五日までに退去とのことであったが、未だに立ち退かず返答されたし。」という趣旨のはり紙をした。

そのため、原告の信用は急速に低下し、業務自体も不振になった。

(二) (鍵の取替)

被告は昭和六〇年一月に本件貸室の鍵を取り替えてしまい、原告代表者らが入室できないようにして原告の業務を妨害した。

(三) (占有の奪取)

さらに、引き続いて被告は本件貸室に置いてあった原告の資材、備品を全て搬出して本件建物の屋上に不適切な状態で保管し、原告の本件貸室に対する占有を奪取した。

3  (原告の損害)

右2の被告の不法行為により、原告は多大の精神的苦痛を受け、これを慰藉するためには、少なくとも五〇〇万円が相当である。

4  (結論)

よって、原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として金五〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六〇年七月二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  (本件不法行為に至る経緯について)

(一) 請求原因1(一)の事実は認める。但し、本件貸室の賃料については、一括して一か月一六万円とし、また、管理費及び水道代を一か月二万円とする旨が定められていた。そして、右賃料等は、毎月末日までに翌月分を支払う約束であった。

(二) 同(二)の事実は認める。

(三) 同(三)の事実は知らない。

(四) 同(四)の事実は否認する。被告は、昭和五九年九月から原告に対して同年九月分の賃料等の請求をしていたが、原告からは何らの連絡もなかったところ、被告が同年一〇月二八日に原告代表者にたまたま会った際、原告代表者は、同年一一月一五日に一括して支払う予定であるからそれまで待ってほしいと言った。そこで、被告は一一月一五日まで事実上、支払を猶予したのである。

2  (被告の不法行為について)

(一) (はり紙について)

請求原因2(一)の事実のうち、被告が、昭和五九年一一月末頃、「(原告に対して)連絡を請う。」という趣旨のはり紙をしたこと及び一二月一五日頃に原告主張のはり紙をしたことは認めるが、その余は否認する。

同年一〇月末頃までは、原告の事務員が本件貸室にいたから、被告は右事務員を通じて原告代表者に連絡が可能であり、はり紙をする必要はなかったが、その後、右支払猶予期限の一一月一五日になっても原告は賃料を支払わず、かつ原告代表者は自宅にも不在で原告との連絡もとれないため、右の一一月末頃のはり紙をしたにすぎない。

また、原告代表者は、昭和五九年一一月二八日、被告に対して同年一二月一五日までに本件貸室を明け渡す旨を約したが、原告は同日になっても明け渡さず、また、右と同様に被告は原告に対して連絡をすることもできなかったから、右一二月一五日頃のはり紙をしたにすぎない。

(二) (鍵の取替について)

被告が、昭和六〇年一月初旬頃、本件貸室の鍵を取り替えたことは認め、その余は否認する。

原告が明渡を約束した一二月一五日以降にも本件貸室内には油缶様のものが残置され、しかも時々施錠されていなかったから、被告は防犯、防災上やむをえず本件貸室の鍵を取り替えたにすぎない。

また、被告は、鍵を取り替えた直後に、管理事務所に来てもらえば鍵を渡すという趣旨のはり紙を本件貸室の入口にしておき、原告に何らの不便を与えないようにした。

(三) (占有の奪取について)

被告が昭和六〇年二月一五日に本件貸室内にあった物品を搬出したことは認める。

同年二月初旬に本件貸室内にセメント様のものが散乱し、そこに水滴がしたたり落ち、足の踏み場もない状態であった。被告は、原告代表者の妻に本件貸室内の物品を引き取るように要請したが、原告代表者に伝えると言うのみであり、また、物品の搬出に立ち会ってほしいと依頼しても拒否された。

そこで、やむをえず被告は、第三者立ち会いのもとで、本件貸室内の物品を本件建物の屋上、一階倉庫、被告の自宅に分散して保管したのである。

3  請求原因3及び4は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  (本件不法行為に至る経緯について)

1  請求原因1(一)の事実は当事者間に争いがない。なお、《証拠省略》によれば、本件貸室の賃貸借契約においては、賃料を一か月一六万円、管理費及び水道代を一か月二万円とし、毎月末日までに翌月分を支払う旨が定められていたことが認められ(る。)《証拠判断省略》

2  同(二)の事実は当事者間に争いがない。

3  同(三)及び(四)について判断するに、《証拠省略》によれば、被告は、昭和五九年九月分の本件貸室の賃料について同月から原告の事務員(同年一〇月末日まで、本件貸室には、原告の女性の従業員が執務していた。)を通じて原告に対して催告していたこと、同年一〇月に原告代表者と被告が会い、原告代表者は、被告に対して、原告が元従業員に手形を横領されたこと等、原告が不渡を出すに至った事情を説明するとともに、同年一一月一五日に売掛代金の入金があり、それで賃料等をまとめて支払うので、それまで支払を猶予してほしいとの要望をしたこと及び被告が右要望を了承したことが認められる(なお、原告代表者本人((第一回))は、一一月一五日に支払うとの約束はしなかったとの供述をしているが、支払期日を定めずに支払を猶予するということは通常はないと解されるので、右原告代表者の供述を措信することはできない。)。

二  (被告の不法行為について)

1  (はり紙について)

請求原因2(一)の事実のうち、被告が右支払猶予の了承をした直後に「家賃を支払え。」との趣旨のはり紙をした事実を認めるに足る証拠はない。

なお、原告代表者本人(第一回)は、昭和五九年九月二六日の第一回の手形不渡を出した直後に被告が四〇一号室の入口に「家賃未納につき至急納められたし。」と記載したはり紙をしたという供述をしている。

しかし、同年一〇月末日頃までは原告の従業員が本件貸室で執務しており、被告は右従業員を通じて原告に対して賃料の催告をしていたことは前認定のとおりであって、右のようなはり紙によって賃料の催告をする必要があったとは認められないから、原告代表者の右供述をにわかに措信することはできない。

《証拠省略》によれば、被告が同年一一月末頃に「連絡を請う。」とのはり紙(以下「一回目のはり紙」という。)をしたことが認められ、また、同年一二月一五日頃に被告が「一二月一五日までに退去とのことであったが、未だに立ち退かず返答されたし。」という趣旨のはり紙(以下「二回目のはり紙」という。)をしたことは当事者間に争いがない(そして、右二回以外に被告が原告主張のようなはり紙をしたことを認めるに足る証拠はない。)。

そこで、右二回にわたる被告のはり紙をした行為の違法性について検討するに、一回目のはり紙については、《証拠省略》によれば、原告は前認定の支払猶予期限である昭和五九年一一月一五日になっても滞納している賃料等を支払わず、当時は原告の社員は誰も本件貸室にいないうえに、被告が原告代表者の自宅に何回も電話をしても、原告代表者が不在で連絡をすることができなかったために行ったことが認められ、右認定の経緯に照らすと、右のはり紙をした行為は、本件貸室の貸主である訴外会社の代表取締役である被告が原告に対して賃料の支払を求めるためにやむをえず行った行為として社会通念上是認できるものであって、これを違法ということはできない。

次に、二回目のはり紙については、《証拠省略》によれば、原告代表者は同年一一月二八日、被告に対し原告が一二月一五日までに本件貸室を明け渡すという約束をしたこと及び原告が同日までに明渡をしなかったばかりでなく、原告代表者の自宅に電話をしたが同人は留守であって、同人の妻からは明渡について明確な返事がなかったので、被告は原告に対し明渡を求めるために右のはり紙をしたことが認められる(原告代表者((第一回))は、一二月一五日までに入金があるから、それにより精算をして昭和五九年末までに明け渡すという話をしたにすぎないとの供述をしている。しかし、原告は本件の訴状等においては、一一月二八日に、「年が明けてから立ち退く。」と言ったと主張するなどその主張と供述に一貫性がなく、右供述を直ちに措信することはできない。)。そうすると、二回目のはり紙をした行為も、約束の明渡期限までに本件貸室を明け渡さなかった原告に対し、本件貸室の貸主である訴外会社の代表取締役である被告が明渡を求めるためにやむをえず行った行為として社会通念上是認できるものであって、これを違法ということはできない。

さらに、原告が昭和五九年一〇月一日に既に第二回の手形不渡を出していたことは当事者間に争いがなく、それだけで既に原告が取引先等の信用を失ったことが推認できるうえ、原告代表者本人尋問の結果(第一回)によっても、原告は、既に昭和五九年一〇月に取引先から原告方に納入ずみの資材を引き掲げられるなどしてその信用を失っていたことが認められるから、被告が行った前記二回のはり紙と原告の信用が低下し、業務が不振になったこととの間に因果関係を認めることはとうていできない(原告代表者本人((第一回))も一二月一五日頃のはり紙と取引先の資材の引き揚げとは無関係であるとの供述をしている。)。

以上のとおり、被告の行ったはり紙は、違法な行為であるとはいえないうえ、原告がこれによって損害を被ったともいえない。

2  (鍵の取替について)

請求原因2(二)の事実のうち、被告が昭和六〇年一月初旬に本件貸室の鍵を取り替えたことは当事者間に争いがない。

そこで、被告の右行為の違法性について検討するに、《証拠省略》によれば、原告が明渡期限である昭和五九年一二月一五日を経過しても、本件貸室を明け渡さず(もっとも、原告代表者ないしその社員が本件貸室で執務するなどこれを使用している様子はなかった。)、被告が同日頃に前記二回目のはり紙をし、さらに同月二七日に内容証明郵便で原告に対し本件貸室内の物品を移動することを通知しようとしたが、本件建物を原告の住所とした右内容証明郵便は原告が不在であるために配達されず、原告からは何らの連絡もなかったこと、本件貸室の入口の扉に施錠がされていないことがあり、また、同室内には油缶のようなものが置いてあったため、防災上、防犯上の必要から被告は本件貸室の鍵を取り替えたこと、被告は本件貸室の入口に、鍵を取り替えたので管理事務所に取りに来るようにとのはり紙をするとともに、防災、防犯上の責任は原告代表者が持つという旨の念書を差し入れれば、鍵は元に戻すという内容の内容証明郵便を原告代表者の自宅あてに出した(但し、原告代表者が不在のため配達できなかった。)こと及び当時被告は本件建物全体の管理人でもあったことが認められ、右認定に反する原告代表者本人(第二回)の供述は措信しない。

右認定の経緯に照らすと、被告が本件貸室の鍵を取り替えた行為は、原告の業務を妨害するために行ったものではなく、本件建物の管理人としての立場から防災、防犯の必要上やむをえず行ったものと認められるから、被告の右行為は社会通念上妥当性を欠くものではなく、違法とまでいうことはできない。

3  (占有の奪取について)

被告が昭和六〇年二月一五日に本件貸室内の原告の物品を搬出したことは当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》によれば、被告が右2のとおり本件貸室の鍵を取り替えた後、原告からは何らの応答もなく、さらに被告は昭和六〇年一月一一日には、内容証明郵便で原告代表者に対して、本件貸室の所持品を処分する旨を通知したが、原告代表者からは同月一四日付で、勝手に処分するのは法を無視した犯罪である、穏便に出て行きたいので鍵をもとに戻すようにという内容を含んだ内容証明郵便による返事が来ただけであったこと、同年二月初め頃には、本件貸室内でセメントのようなものが引っ繰り返り、その上に水道の水がこぼれるというようなこともあり、被告は原告代表者の自宅に電話をし、原告代表者の妻に対して本件貸室内の物品を引き取るか、引き取らない場合には被告の方で二月一五日に右物品の移動を行うから立ち会ってほしいと要望したが、原告代表者の妻は、原告代表者に伝えると言うのみで、被告の右要望をいずれも拒絶したこと、そこで、被告は、二月一五日に第三者の立会のうえ、本件貸室内の物品を搬出して、本件建物の屋上、一階の倉庫、事務所及び被告の自宅に分散して保管したこと、屋上に保管したものについては、その上にビニールシートをかぶせるなどの措置を講じたこと、原告代表者は、本件訴訟の提起の前後(本件訴訟の提起の日が昭和六〇年六月一八日であることは記録上明らかである。)に被告から右物品を引き取るように要求され、昭和六一年六月一三日の原告代表者本人尋問(第一回)の際にも右物品を一週間程度の間に引き取りたいと供述していたにもかかわらず、同年一一月二六日になってようやく本件建物の屋上に保管中の物品を引き取ったことが認められ(る。)《証拠判断省略》

そこで、右認定の被告が本件貸室から原告の物品を搬出、保管した行為の違法性について検討するに、まず、原告は前認定の明渡期限である昭和五九年一二月一五日以降は訴外会社に対し本件貸室の明渡義務を負っていたものであり、前記2で認定したとおり本件貸室をもはや使用していないにもかかわらず物品だけをそのまま残していたものであるところ、本件貸室から被告が原告の物品を搬出したのは、右の明渡期限である昭和五九年一二月一五日から既に長期間が経過していたうえ、右認定のとおり、被告の鍵の取替に対しても原告が何らの反応も示さず、さらに、右物品を移動するという被告の通知にもかかわらず、原告代表者が被告に対して右認定の内容証明郵便による返事をしたにすぎず、また、被告が原告代表者に、その妻を通じて右物品の引取を要求したにもかかわらず、原告はこれにも応じなかったために、本件貸室の貸主である訴外会社の代表取締役としてやむをえず行ったものと認めることができるのであって、本件貸室から搬出した物品の保管についても、屋上を除いては全部屋内を保管場所とし、屋上に保管したものについてはビニールシートをかぶせるなど風雨を避けるための措置を講じて、相応の配慮をしているのであるから、被告の右行為は、社会通念上一応是認しうるものであり、これを違法なものとまでいうことはできない。

なお、《証拠省略》によれば、右物品の中には、相当に破損されたものがあることが認められるが、原告代表者が昭和六一年一一月二六日まで長期間にわたって右物品を引き取らなかったことは前認定のとおりであるから、その間に右のように破損したものがあるからといって、それは原告自身が引き取らなかったことに起因することが推認できるのであって、被告の前記行為を違法なものとするものではない。

以上の検討によれば、被告が原告の本件貸室の占有を違法に奪取したということはできない。

4  右1ないし3で検討したとおり、被告の原告に対する不法行為の成立を認めることはできない。

三  従って、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 気賀澤耕一 都築政則)

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